インパクトなタイトルで惹き付けるという事

ヤフーニュースの中で、
発達障害と少年犯罪」というコラムが出ていた。
2016年5月に放送し、大反響をよんだドキュメンタリー番組をもとにプロデューサーがかきあげた本でその内容を紹介するコラムだ。

いくつかあるコラムのなかで、一際目をひいた。

本の内容

発達性トラウマ障害による脳の発達へのダメージが、先天的な発達障害よりも重篤な状態を引き起こす場合があることが、研究結果によって立証されているという事実。つまり一般の発達障害よりも、子ども虐待のほうが脳の機能的な変化がはるかに大きいということだ。端的にいえば、この部分が本書の核心である。

先天性の発達障害をもつ子どもがいたとしても、トラウマを経験しなければ発達障害を発症しないで済んだかもしれないということ。また、発達障害の症状がすでに出ている子どもがトラウマを経験すると、発達障害の症状を悪化させる可能性があるということだ。

それに加えて恐ろしいのは、先天的に発達障害をもっていない子どもであったとしても、幼少期に過激な虐待などを経験すると、その虐待をした人間のような獰猛な性格へと遺伝子が切り替わってしまう可能性があるという。

だからこそ、まわりの大人が幼少期から子供たちを気にかけ、早期に対処するべきだと。

私はこの本の内容やこの記事に関してとても共感し、なるほどと思った。
またそれを実行する為にみんなに知ってもらいたいとも思っている。

私には、発達障害の疑いがある低学年の子供がいる。
小学校一年でまわりの子に比べて語彙力が少なく、例えば鳥など種類が出てこない。みんなカラスになってしまったり、動物の名前を言えなかったり、この前は柿の事を「きか」と言っていた。
ただ、三人目という事もありまわりの空気に合わせるのが上手で、同じ年の子ともおそらくフィーリングで友達もちゃんと出来る。
その三人目という事で、私自身も何となく忙しい気持ちにかまけてあまり成長に繋がる事をしていなかったと、つけがまわってきたんだと思った。
当時自分をせめてばかりいた。今でもあの時もっとあーしていればとか考える。
そして、我が子にごめんねと思う。

語彙力が少ないとなるとやはり心配なのは勉強についていけるかなので、私から言葉の療育を希望した。

週一回通級している。

療育に早くから通えて本当に良かったと思っている。療育に通って先生が子供に接している姿を見ると私自身もとても勉強になる。

 

このコラムを目にした時何か引っかかった。
発達障害=少年犯罪という図式が思い浮かんだからだ。
更に、発達障害の子を知らない人達からの偏見が結び付いた。
人は、やはり同じ境遇にならないと本当のところその人の苦しみは分からないと思う。

同情が欲しいのではなく、その痛みをわかろうとする思いやりが必要だと思う。

 

パッとそのタイトルを目にしたらどう思うか…

 

私はこのコラムの三つの点に違和感を感じた。

  • 発達障害と少年犯罪、両者に直接関係ないものの発達障害をもつ子どもの特性が、彼らを犯罪の世界に引き込んでしまう傾向があることは否定できないという考え方を軸にしているのだ。

 

  • 本記事は書籍の内容を紹介するものですが、編集部が付けた当初の記事タイトルは発達障害の方及びその関係の方たちへの配慮を欠くものでした。お詫びいたします。記事タイトルを変更しました。

 

→この二つは、発達障害=少年犯罪とは関係ないもの、配慮に欠くものと書きながら、

インパクトを与えるタイトルをそのまま扱っている。

 

  • 発達障害とは何かを解明するにあたって、著者は3つの事件を引き合いに出している。

 

→3つの事件というのは、とても凄惨な事件を例にあげている。発達障害とは何かを解明する為とかいてあるが、発達障害を本当に理解するのにいきなり事件と結び付けるのは違和感がある。この書きかた自体が発達障害=少年犯罪になるのではないか。

 

以上の3つの点に引っかかった。ただ、本は実際読んでいない。だから、私は批判するような立場ではない。
パッと目につきインパクトがある為記事を読んだ。

記事の中にある本の内容を読むとイメージとは違う意図があるもので、その内容には共感するものが沢山あった。

ただ、パッと判断してしまうようなタイトルは、読む人も読まない人もイメージから入り、読んだ人には理解されるだろうが、読まない人はそのままイメージだけが残る。

見る人に誤解を与えずこの本の本質を知ってもらうためどうすれば、より違和感が生じないタイトルになるのだろうか。

とても考えさせられた。

 

発達障害と少年犯罪 (新潮新書)

発達障害と少年犯罪 (新潮新書)